『建国日記』で感じる‘‘今‘‘という大切さ

時間は誰にでも平等で、日々暮らしの中で淡々と過ぎていくもの。

人によってはとても早く感じたり、はたまたとても長く感じたり…楽しい時間も辛いも時間もある中で、あなたはどんな‘‘今‘‘を過ごしてますか?

少女小説家の高代槙生は、姉夫婦の葬式で遺児である・朝(15)が親戚間をたらい回しにされているのを見過ごせず、勢いで引き取ることにした。

しかし、連れ帰ったものの翌日には我に返り、持ち前の人見知りが発動する。

誰かと暮らすのが不向きな自分の性格を忘れていた槙生。

対する朝は、人見知りもなく‘‘大人らしくない大人‘‘である槙生との暮らしも素直に受け入れていく。

「変な人と暮らしはじめた。お父さんとお母さんが死んだので。」

中学生らしいのか、らしくないのか…置かれた境遇の中でたくましく生活する朝と、あたふたする槙生のやりとりはどちらが大人かわからないほど。

だけど、やっぱり槙生は大人で自分に出来ることと出来ないことはハッキリしているし、考えも深く頼りになる。

曖昧な言葉をかけるなら、このくらいハッキリしていたほうが清々しい気がします。

読み進めていく中で、自分の生活に疑問を抱いてしまう場面がいくつかあって、‘‘今‘‘の生活が当たり前になりすぎてしまっていることや、日々の当たり前が、本当は当たり前じゃないことに気づかされることも多いです。

そもそも当たり前ってなんだ?って話でもあるんですけど、慣れや変化が少ない事に関して人は当たり前に感じてしまう。

そんな経験あなたもあるのではないでしょうか?

来るはずだった「来週」や「明日やろう」の明日が来ないとしたら…

可能性は限りなく低いかもしれませんが、ゼロではない。

何気なく過ごしている‘‘今‘‘をどうやって過ごすか、人によって様々ではあるものの、とても考えさせられる作品だと思います。

何をして充実感を感じるかは人それぞれで、他の人から見たら無駄に思える事でも、本人がそれで充実感を得られるなら良いですよね。

例えば、寝てる時間が一番幸せという人を見掛けたりしますが、寝てる時間がもったいないよなんて言う人もいます。

本人が幸せだって言ってるんだから良いじゃないですか(笑)

こうしなきゃいけないなんてことはないし、選択肢が多く、人によって選ぶ道が違うから面白いと思います。

それに、言葉って物凄い力がありますよね?言った人は何気なく放った言葉でも、受け取る側によっては大きな影響力を持つ…もちろん良くも悪くも。

だけど、言葉の重みを考えられない人の多さが目立つ現状において、言葉が人に与える影響というのも考えることができる作品だと思います。

スポンサーリンク
レクタングル(大)
レクタングル(大)

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

スポンサーリンク
レクタングル(大)